駒場キャンパス Safer Space、通称KOSSは駒場キャンパスにある、女性や性的マイノリティを含む多様な学生が、安心して相互の経験と学知から学び合う場・コミュニティの構築を目指すプロジェクトです(ホームページより)。「相談機関」ガイドからは少し離れてしまうかもしれませんが、広く学生支援の側面を持つ機関ということで、企画の対象としています。

今回は、統括を務める井芹真紀子特任助教にお話を伺いました。すべての大学構成員の方に読んでもらいたい内容となっています。

場所:駒場キャンパス102号館1階(地図

開室日時:火曜日~金曜日の午後(スケジュールはこちら

目次

  1. KOSSの概要について
  2. 活動について
  3. Projectsと今後について

KOSSの概要について

Q. 立ち上げの経緯について教えてください。

A. 学生から教員まで様々な人がいる東京大学のキャンパスですが、よく指摘されるように偏りが存在していると感じています。ジェンダー比についてはよく議論されていますが、他にも性自認や民族・国籍、宗教など、様々な点において、東京大学は極めて同質性の高い大学の一つであると言えます。そうした同質性から外れた学生や教職員は、価値を低く見積もられるような場面が多く見受けられますし、場合によってはキャンパス自体が「安全」でない場所となっているかもしれません。実際に、私も学生時代に、差別・ハラスメントを受けたり、暴力の現場に居合わせたりしたこともありました。

そうしたマイノリティの人にとっても、“safe”だと感じられる場所が大学内に必要なことは、明らかでした。特にジェンダーとセクシュアリティについて、なんらかの措置が必要だと感じていた先生は複数おり、そんな中でたまたまキャンパス内で場所を確保できたのが、KOSS立ち上げの経緯です。なお、私自身は2020年秋の立ち上げと同時にこちらに着任となりました。それ以前の話については、以前清水晶子先生が東大新聞の方でお話されているので、そちらの記事を参照していただければと思います。

Q. 活動の主な目的について教えてください。

A. KOSSは、「女性や性的マイノリティを含む多様な学生が、安心感と帰属意識を持ちつつ、相互の経験と学知から学び合う場とコミュニティの構築を目指すプロジェクト」です。まず知っておいてほしいことは、相談室とは異なるということです。相談室というと、誰か専門家がいて、問題点をヒアリングしてアドバイスをする、といったイメージがあるかと思いますが、KOSSはあくまで教育プロジェクトであり、学知との橋渡しとなることを目的としています。具体的には、大学生も大学院生も教員も、年齢や国籍を問わず皆がゆるっと水平的に繋がって、お互いをピアとして支え合って、共有できる空間を作りたい。日常のもやもやを、アカデミックな知と結び付けつつ、ピアコミュニティとしてやっていきたいという風に考えています。

Q. 名前の由来を教えてください。

A. Safer Spaceは、米国や英国などでは、以前から大学の公式の組織として存在しています。これらは、学生や大学を社会と結ぶもの、特に、公民権運動やその後の市民運動の中心として使われてきたという歴史があります。すなわち、大学というのは社会と隔絶したものではなく、社会の中にあるものだということを、言語化して行動に移していく拠点となっていたということ。そうした歴史的背景を見た時に、我々が目指していることと“Safer Space”という名前がリンクしたという事実があります。

わたしたちも、悩みをこっそり打ち明けるといったような単なる相談室ではなく、それを共有して発信していく場にしたいと考えています。実際にKOSSで活動している教職員や学生さんは、学内だけでなく、学外に対しても積極的に様々な働きかけをなされている方が多いです。ちなみに、現在では日本でも私立大学を中心に同じような取り組みをしている大学が増えてきていますが、大学の公式の組織としてSafer Spaceという名前をつけたのは、東京大学が初めてだと思います。

Q. 駒場キャンパスに拠点を置いていることには何か意図があるのでしょうか。

A. 1番の理由はやはり、D&I部門の部門長である清水先生が駒場所属であるということです。また以前から、とりわけジェンダーやセクシュアリティといったような、これまで十分に取り組めてこなかった問題を包括するような形でのダイバーシティに関する場を設けた方が良いのではないかという話は、複数の教員の間で上がっていました。その際、一つしか作れないとした場合には、大学1年生が通っている駒場キャンパスに作るべきだということになったと聞いています。やはり、大学入学により新しいコミュニティに入ってくるということで、一つの大きなハードルを抱えてくる訳なので、新入生が適切な情報やコミュニティに繋がれるようにするのは重要であると思っているからです。いずれは他のキャンパスにも数を増えれば良いなとは感じています。

活動について

Q. 開室時にはどのような方がいますか。

A. 週4日開室していて、そのうち2日は私が、残りの2日は特任研究員の方がいます。教員スタッフはこの2人です。

KOSSでは大学院生のスタッフが中心的な役割を占めていて、毎月シフトを決めてホームページなどで公開しています。1日2時間程度は誰かしら院生の方がいるので、仲良くなったスタッフに会いに来てくれる人もいるし、専門が近いスタッフに会いに来る人もいます。先生ではないけど、自分よりちょっと先に行く存在としても、大事な役割を果たしてくれています。

Q. どのような学生が来ているのですか。

A. 社会やキャンパスの中で緊張を強いられて疲れ果てて、ここで一息つくので精一杯という学生も多いです。ここでゆっくりして、また頑張ろうと思って授業にいく人たちもいます。

Q. 来室に際して何か条件はありますか。

A. 東大構成員であれば誰でも利用可能です。主に学生を対象にしていますが、教職員や非常勤の方でもオッケーです。条件は特になく、誰が来てもウェルカムです。わざわざ自分のことについて開示する必要もありませんしね。ただ特にこのような空間を必要としている人のところにKOSSの存在が届くといいなと思います。

あとはグラウンドルールを作っています。ただこれもお守りみたいな感じで、大きく逸脱した時に戻れるようにするためのものです。なのですべての言動について逐一チェックするようなものではないですが、安心材料となっているのではないかと思います。

Q. では例えば同性愛者ではない人でも、、

A. もちろんです。ただ自己紹介の際にまず「同性愛者じゃないんですけど」ということには、どのような意味があるのでしょうか。同性愛者だと思われたらなんでダメなのかな。わざわざ言う必要はないことかもしれません。あとはこの部屋なのですが、フラッグやポスターなどの装飾で、あえて大学の他の場所とははっきりと違う雰囲気にしているのを感じられるでしょうか?キャンパスのどこにいても特に「障壁」に直面しない人、自分のことを大学は当然考えているはずだ、と思える人は、ここではある種の「圧」を感じると思うんですよ。KOSSは、一番はじめにそのような人たちのことを考えるわけではない。逆に、そういう「圧」を、マイノリティの学生はキャンパスの様々な場所で日々感じざるを得ない状況にいるわけです。これまでこの大学の中でいないことにされる経験を何度も繰り返してきた人たちの存在を、まずこのスペースでは第一に想定したいし、キャンパスの偏りをちょっとだけでもひっくり返したい、という意図はあります。「もしかして、ここでは私の存在や経験が想定されてるのかもしれない」、「私も話し出してもいいかもしれない」と、マイノリティの学生にまず感じてもらいたいから。

Q. 偏りをひっくり返す…

A. 例えば授業のディスカッションで、「トランスジェンダーとスポーツ」を議題にしよう、となったとします。マジョリティの学生からしたら、ちょっとSNSで炎上している話題、くらいの認識だと思います。でも、それが自分のアイデンティティや経験に深くかかわっている学生も当然いるわけですよね。明確な差別意識もなく、攻撃することを意図してもいないけど、そもそも前提として持っていないがゆえの壁っていうものができてくる。

ほかにも、クラス全体の雰囲気ってだれかが作っているわけではないけど、例えば些細な言葉にわっと笑いが起きる、そういうのって偏りを持って生まれがち。何も思わない人もいればその空気感がすごいダメージになる人もいるわけです。

多くの場合、そういうのってマイノリティの側からしか見えないんですよね。日常の些細な会話ですら気を張ってる人もいるわけです。そういう緊張を少しだけ緩めたり、新たな問題とのリンクを発見したりできる場であればいいなと思っています。

Q. 留学生はいますか。

A. 院生スタッフには多いです。みんなフェミニズムやクィア理論などを専門にしていて、運営委員の清水先生に指導を受けている学生が多いです。

これまで、日本語以外の言語を主要言語にした日を設定して、留学生を含む様々な言語的バックグラウンドをもつ学生に来てもらえるようにしようということも行っています。ぼちぼち来てくれていますが、日本語が第一言語の学生に比べるとアクセスのハードルは高くなってしまっているのかなと思います。そこは課題ですね。

Q. 来室される方はどんなきっかけで来るのですか。

A. 友達や先輩のツテ、授業で紹介されているのを聞いて、という人もいますね。XなどのSNSを見て来てくれる人もいます。

キャンパスのはずれにあるので、あまり人の目を気にせずに行ける。だれもが知っているわけではない。隠れているわけでは全くないんだけれど、宣伝の仕方は悩みどころでした。

昨年は女子オリに参加して、KOSSを紹介する機会もありました。1年生には薄くでも情報が届くといいなと思っています。

※女子オリ:学生自治会が毎年3月末に開催している新入生女子向けのイベント。

Q. 授業を行っているのですか。

A. 興味ある方は部門のホームページを見てもらえればと思うのですが、KOSSの所属するD&I部門では、教養学部前期課程でD&Iに関係する様々な授業を行っています。この前期教養教育の授業と、単位とは関係なく個々の経験や生活とリンクするような広い意味での学びの場所としてのSafer Spaceという、2本立てで活動しています。

Q. 来室される方は、このKOSSの空間でどのように過ごしているのですか。

A. 自由ですね。後片付けをしてくれれば。空間はみんなの努力によって整えられるもので、KOSSの来室者は「お客さん」ではないので、ゴミ箱はおいていません。お茶を淹れてもカップラーメンを食べても良いですが、片付けは自分でやってね、と言っています(笑)。でも本当に自由で、お茶を飲んだり本を読んだり、オンライン授業を受けたり、横になって休んだり、各々自由に過ごしています。

Q. 本もたくさん置いてありますね。

A. そうですね。専門書も多いですが、学部生が面白いなと思うかもしれない本を置いています。図書館にも所蔵されているものも多くありますが、このようにまとまって置くことで、何に興味があるのか分からないような時に、こんなのもあるんだと思って手に取ってもらえると嬉しいなと思っています。

貸出は行っていませんが、レポートを書く時に何かないかなと探しに来る人がいたり、院生や教員、他の学生に何か良い本はないかと尋ねに来たときに、あれこれ見比べたりしています。

Q. 来ている人たちの感想を聞くことはありますか。

A. それはあまり私には言わないんじゃないかな(笑)。でも、みんながみんなハッピーではないかもしれないです。ちょっと合わないなと言ってくれた人もいますし、言わずに黙って去っていった人もきっといると思います。何か意見を言ってくれた時には話し合いますが、必ずしも全員に合うようにという形ではないので、KOSSでやることと変えていくべきことのバランスをとりながらやっています。

Projectsと今後について

Q. ホームページにProjectsについて載っていますが、詳しく教えていただけますか。

A. KOSSではジュニアスタッフプロジェクトというものに取り組んでいます。これは、スタッフの院生だけでなく、学部生もKOSSの運営にもうちょっと深く関わって「なにか」やってみようというものです。具体的には、企画の立案や運営などをしています。学生だけで行うことは難しい企画を、専門性のある院生スタッフのスーパービジョンを受けながら、もう少し東大の「オフィシャル」な形でやれると面白いかなと思って始めました。とにかく「好きなことをやってみよう」と、3年前から続けています。

Q. 具体的にどんな企画を行ったのですか。

A. いくつかの活動に分かれています。

1年前は、勉強会や翻訳の活動をしました。日本語訳が出ていないオンライン記事の著者のOxford大学の先生に「読んでみてとても良かったので日本語訳にしても良いでしょうか」と連絡して、承諾を得て、日本語訳をつくりました。日本語だったら読みたいという人も多いものだったので、たくさんの学外の人にも読んでもらいました。

2つ目の記録というのは、プロジェクトというよりは、報告に近くて。「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」を性別変更の要件にするのが違憲だという判決が出たすぐ後に、生殖不能要件を満たさずに性別変更ができました、というKOSSに来ていた学生の記録を書いています。本当に大きな出来事だったので、こうやって本当に社会は動くんだというのを出来るだけ広く必要な人に届くように書いてくれました。

3つ目は、リーフレットの作成です。リーフレット形式で情報をまとめて見られる場をつくろうとしました。

基本的には、院生や教員がサポートに入りながら、これから社会に出ていく学部生が主体となって、D&Iの題目の担い手になるためのトレーニング的なことをやっています。

まだ3年分なので少ないですが、ここに少しずつ蓄積されると良いなと思っています。

Q. 決まった時期に動き始めているのですか。

A. 基本的には自由に、やりたいと言った時に相談する形ですが、年度の後半から準備を進めることが多いです。

Q. どのような理念を持って、活動をしているのでしょうか。

A. 東大は偏っているけれど、それって日本や世界全体の状況だよね、歴史的にこういう偏りが生まれる経緯があって、これから変えていかないといけないと思う学生もいて、学内や世界の問題について活動する人もいます。様々な問題は繋がっていて、東大と社会を切り離して考えることはできないと考えている学生は多いと思います。大学で経験する問題は、就職などをして社会へ出て行ったときにも直面する確率が高いと思います。そんな時にどうしようということを、ちょっとずつでも変えていこう、とか、なんとか耐えて生き延びられる方法を考えよう、とか、色々なことを考えてやっています。

そんな中で、アカデミックにやってきた人がいるというのはエンパワメントにもなると思います。自分が考えてきたことを、こんなに熱量をもって精緻にやってきた人たちがいるんだ、と思うことって、勇気に繋がると思うんですよね。自分一人じゃなかったんだと気づかされるというか。

自分の経験って、自分自身にべったりくっついてしまっていてときに重く感じてしまうのですが、アカデミックな知は、そんなときに距離をとることを可能にすることもあると私は思っています。議論の俎上に載せることで、自分だけが背負っていた苦しいものではないものとして、色々な切り口が見えてくるかもしれません。すると、世界を別の仕方で見られるようになるかもしれない。このように、自分の経験のあれこれがアカデミックなことに繋がること自体が大事だと私は思っていて、KOSSもそういう場所の一つになれば良いなと思っています。

Q. 誰にとっても「より安全な」社会をつくるために私たちにできることについて、お考えがあれば伺いたいです。

A. 実は、多様性について真剣に考えたら、誰にとっても安全な居心地の良い社会というのはないのではないか、そうじゃないところを引き受けざるをえないんじゃないかということを感じています。それに関しては、ちょうど今年度の3月にDiversityとSafetyというテーマで大きなシンポジウムをする予定です。

つまり、誰かの安全性は、誰かの安全性を損なうかもしれず、安全性と安全性が衝突するという風にみなされるあるいは感じられることがあるということです。例えば、更衣室や風呂というのがよく例に上がるのですが、「女性の安全を守るためにトランス女性を女性と認めないことが必要だ」という差別的な主張がなされることがあります。このように、誰かの安全を求めることが、「ほかの誰か」の安全を脅かすことになるような状況が、特に近年たくさん生み出されているんですよね。そう考えると、誰も緊張しなくてみんなハッピーということってあまりないかもしれません。この部屋だって、キャンパスでのマジョリティの学生は、どちらかというと圧を感じて気まずく感じるかもしれない。「マイノリティ」同士だって、経験もしんどさも当然異なります。

みんなが心安らかに安心してハッピーであることと、本当の意味での多様性を尊重して守ることは、両立しないかもしれない。でも、だからこそ、そこをどうやって考えていくべきなのかという議論は大事なのではないかと思います。


インタビュー日時:2024年10月16日

※本文中の用語・制度・法令・資格等はインタビュー時点のものです。