ハラスメント相談所ってどんなところ?
東京大学ハラスメント相談所は、専任の相談員を置く、全学の相談窓口です。ハラスメント相談に特化しており、学生、教職員、研究員、附属施設の構成員など、東京大学の構成員であれば誰でも利用することができます。また、東大構成員に関する相談は、その家族、元構成員、学外の人も利用することができます。
今回はハラスメントの一般知識から始めて、ハラスメント相談所の具体的な相談体制や、東大におけるハラスメント対応の現状などについて、相談所相談員の方に伺いました。
東京大学ハラスメント相談所:http://har.u-tokyo.ac.jp/
【本郷相談室】
場所:医学部1号館1階 S107
開室時間: 月~金(祝日を除く)10:00-12:00、13:00-17:00
【駒場相談室】
場所:102号館1階
開室時間:月・水・金(祝日を除く)10:00-12:00、13:00-17:00
【柏相談室】
場所:総合研究棟1階 161
開室時間:月・水・金(祝日を除く) 10:00-12:00、13:00-17:00
ハラスメントについて
——まずハラスメントとは何か、改めて教えてください。
一言で言えば、人権侵害ということになります。違いを認めず排除・否定をする言動、相手の人格・尊厳を傷つける言動がハラスメントだと考えています。ハラスメントの内容は多種多様で、領域によって受ける不利益・損害の内容が大きく異なることが特徴です。例えばセクシュアルハラスメント(セクハラ)であれば性的な被害、パワーハラスメント(パワハラ)であれば経済的・精神的な不利益がもたらされることがあります。深刻な場合では犯罪にもなり得ます。
——ハラスメントを防ぐためには何ができるでしょうか。
ハラスメントを防ぐために必要なのは正しい知識の周知だと思っています。何がハラスメントなのか、どういったものが人に影響を与えるのか正しく知り、教職員・学生一人一人の意識を高めることが重要です。地道で根気強い作業になりますが、構成員に対する予防の啓発が重要だ、ということです。
また、大学全体として、ハラスメントに対してNOという意思表示をし、ハラスメントが生まれにくい雰囲気を醸成していくことも必要です。「ハラスメントを許さない」という明確な姿勢で、そうした体制を作っていくことがハラスメント防止につながります。
——ハラスメントを受けたとき、できることはありますか。
前提として、ハラスメントを受けたとき、自分の身に何が起こっているのか分からず、すぐに身動きが取れないことが多々あります。後から「あのときこういうふうにしておけば違ったかもしれない」などと自分を責めすぎないようにしてほしいです。
その上で、具体的な対処方法として「NO」「GO」「TELL」「RECORD」の4つをご紹介します。
NO:不快だと感じたり嫌だと思ったりしたときには、はっきり「NO」と言う
「断ったらダメになるのではないか」などと思うと、うまくNOと言えないと思いますが、ハラスメントをしている人が気付かないままに新たなハラスメントを繰り返し、抜け出せなくなる可能性があります。その前に「私にとっては不快です」と言うことが有効です。
GO:ハラスメントを受けている環境から離れる・逃げる
「すごく嫌な雰囲気だな」「この場にいるのが辛いな」と思ったら、「お手洗いに行ってきます」と言って席を外すなど、身体的・心理的に安全な場所に移動し、それから落ち着いてどうするか考えましょう。ハラスメントを受けている渦中にいると、パニックのような状態になり、どうすればよいか、上手く考えられなくなることがあります。
物理的な場所だけなく、メールから離れるという場合もあります。嫌なメールを受けたとき「すぐに返信しなければ」と思うのでなく、誰かに相談してみたり時間を置いてみたりすることも重要です。
TELL:ひとりで抱えこまず、誰かに相談する
身近な人や信頼できる人(ハラスメント相談所も)に「自分はすごく嫌だったんだけど、どうなんだろう」と話をすることが有効です。例えば「それはひどかったね」と言ってもらえると安心できますし、相談しながら解決に向かうこともできます。
RECORD:ハラスメントを記録する
ハラスメントは密室の場で行われることもあり、誰も目撃していない、気付いていないということがあります。こんなときにこんなことを言われた、こんなことをされた、ということを手帳などに記録しておきましょう。嫌なメールや書き込みがあったときには、消えてしまわないようにスクリーンショットで撮っておくことも大切です。対処のため行動したいと思ったときに、証拠がないという状況を避けられます。
以上4つのことは必ずできなければならないことではなく、ハラスメントを受けた直後に行えなくとも問題ありません。自分が使えるツールとして、これらを覚えておくとよいと思います。
——身近な人がハラスメントを受けているときにできることはありますか。
まず、ハラスメントを受けているのではないかと感じたときに「大丈夫?」「先生に話してみない? 私も一緒に行くよ」などと声かけすることが有効です。ハラスメントを受けている人は「これが普通なんだろうか」と戸惑っていることがあり、声をかけてもらうことが後押しになります。また、誰かが見て助けようとしてくれるということが「黙って我慢しなくていいんだよ」「一緒に考えるよ」といったメッセージになる場合もあります。
そのような声かけが相談所への来所理由となることも多く、もらった声かけが1年後も支えとなって、時間が経ってから相談に来られるケースもありました。声をかけた直後は「平気だよ」と答えていたとしても、かけた言葉はその人の心に残っています。後からそっと声をかける、メッセージを送ることでも大丈夫なので、こうした声かけをすることが、本人にとって大きな助けになり、重要です。
次に、「NO」というメッセージを発信することです。沈黙がハラスメントを許す空気につながることがあるので、身近な人が「それちょっと言い過ぎじゃないですかね」「その話やめませんか? ちょっと聞いていて気持ちいい内容じゃないですよね」と声をあげることで、「やっぱりこれは嫌って言っていいんだな」という雰囲気ができます。嫌な言動に気付いていなかった人も、行動を修正すれば、大きなトラブルになる前にハラスメントのない環境にしていくことができます。
ハラスメント相談所の利用
——こういうときにハラスメント相談所を利用すべき、というような目安があればお伺いしたいです。
ハラスメントに該当するか分からなくとも、自分の感覚・価値観に照らし合わせて「あれ?」と違和感や負担を感じたら早めに相談して欲しいと思います。ハラスメントの定義に確実に該当する場合だけ、ということは決してありません。多くの方が「ハラスメントかどうか分からないんですけど、相談してもいいですか」と言われますが、全く問題ありません。
また、心と体がSOSのサイン(これを私たちは「安全センサー」と呼んでいます)を出した際にも相談してほしいと思います。胃や頭が痛い、眠れない、食欲がない、気持ちが塞ぎ込んでしまう、研究室にどうしても入れない、ある人からのメールが億劫で手が震えてメールを開けない、といったサインは、「これ以上は心身に危険だ」という、自分を守るために発せられる警告なのです。
相談したり話したりすることは、問題を自分から切り離すことにもつながります。そうすることで、「自分の感覚は正しかったんだ」と少し安心できたり、自分の置かれている状況を客観視できたりします。物理的・精神的に距離を取れるようになると、落ち着いて「こうしたい」という考えが自分の中に生まれるかもしれません。
——ハラスメント相談所に相談するまでの手順があればお伺いしたいです。
明確な手順はなく、気にしなくて構いません。また、誰かに相談すべきだということもありません。すぐに言える心境にならないこともあるので、相談できなくても自分を責める必要はありません。誰かに相談してもいいし、相談しなくてもいいのです。
もし信頼できる誰かに相談できるのであれば、それもいいと思います。ただし、相談された側がびっくりして「あまり人に言わない方がいいんじゃないかな」と言ってしまうこともあると思います。そうした場合でも、諦めないで他の人に相談してみたり、学内の相談機関を利用してみたりしてください。相談員は守秘義務を守っているので、「黙っておいて」と言われたことを相談しても秘密の暴露にはなりません。「自分の中で持っておくのがしんどくて聞いてもらいたい」ということがあれば、自身の相談しやすい窓口(総合窓口や学生相談所など)で相談することができます。ハラスメント相談所でなくとも、必要に応じて、他の相談所につなぐことができます。
前述の「NO」「GO」「TELL」「RECORD」をやってからでないと相談できない、ということもありません。自分で実践できなくても、相談員の方から具体的な対応と合わせて、これら4つのツールをご紹介したりしています。
——ハラスメント相談所における相談体制と相談件数について教えてください。
6人の多様な相談員で受け付けています。男女比はしいていえば5:1で、相談員の性別に希望があれば希望に沿った性別の相談員が対応します。それぞれが心理系・福祉系の資格(臨床心理士や公認心理師、社会福祉士など)を持っており、それに加えハラスメント研修を受けたり、勉強を重ねたりしています。
受付形態としては、初めは電話・メール、実際のお話はオンライン・電話・メール・対面の4形態を取っています。電話・メールは匿名でも利用できます。
相談件数は公表していませんが、6人では目一杯なくらい、多くの件数を受け付けています。現在、相談件数を公開する方向で動いており、2023年度から個人情報は処理した形で、相談者の属性も含めてHPに掲載する予定です。
——どのような相談が多く寄せられるのでしょうか。
学生・教員・職員などから相談を受け付けているため、内容は多岐にわたっており、セクハラのほか、カスタマーハラスメント、モラルハラスメント、レイシャルハラスメントなどもあります。学生だとアカデミックハラスメントが多く、たとえば「卒業させないぞ」と留年を強いられる、指導してもらえない、大勢の前で人格否定をされた、といった相談がありました。
過去の在籍者(学外の方)も相談の対象ですので、卒業などで安全な環境に移ってからようやく相談に来られた、ということもあるようです。
——ハラスメント相談所がどのようなプロセスで問題解決に関わるのか、その流れを教えてください。
相談・調整・申立ての3つのプロセスで問題解決に関与しています。
「相談」では、専門の相談員が相談者の話を聞いて状況を把握し、解決のため、対策を提案したり情報提供を行ったりします。例えば、指導教員とのやりとりに困っている場合は、メールの返し方などの具体的なコミュニケーション方法をお伝えしたり、ストーカー被害の場合は警察に相談したり、心身の不良が著しく医療的なケアが必要な場合は、保健センターなどの医療機関に繋いだりします。
次に「調整」では、相談者の希望に基づき、相談者が個人で働きかけられる限界を超えた場合、代わって行為者への働きかけを行い、また、所属先の責任者(相談者が学生の場合は指導教員や専攻長、研究科長など)に解決のための協力を依頼します。特定の人との関係性に困っている場合は、席替えや部屋変えを行ったり、相手に注意を促したり、といった具体的な対応を行っていただくこともあります。
最後に、全学のハラスメント防止委員会への苦情申立てという制度があり、相談者が希望する場合、相談者本人に手続きについて説明・案内を行います。
——相談することで今の環境がより過ごしにくくなるかもしれない、と不安に感じる人もいると思います。情報はどのように保護されるか、詳しく教えてください。
実際に不安の声はあります。そういった不安・疑問にお答えするためにHPに「相談される方へ」を掲載しているため、詳しくはそちらを参照してください。
名前・所属・利用したこと・相談内容など全ての情報は厳重に管理されており、外部に出ることはありません。研究室から問い合わせが来たとしてもお答えすることはなく、ご家族に伝えることもありません。それでも不安がある場合には、まず匿名での相談をご案内しています。ただし、命に関わる場合・周囲の人に危険が及ぶ場合には例外となります。
——「ハラスメントをしたかもしれない」という相談が来る場合もあるのでしょうか。その場合、どのように対応されますか。
そのような相談が来る場合もあります。まずお話を聞いてみないとわからないため、被害相談の場合と同様に伺います。例えば、教員の方が「研究を深夜まで行いたい学生には付き合う」と伝えたかったけれど、学生が深夜の作業を強制された、と捉えてしまった場合などが考えられます。このように意図せずハラスメントと捉えられてしまった場合、本当は何を伝えたかったのか、どう対応すればよかったか、どうすれば誤解が解けるのか、という伝え方の軌道修正を提案しています。また、相談者本人に反省すべき要素がある場合は、被害者側の気持ちに立ってほしいと考えており、両者ともに距離をとって、信頼できる第三者を介した関係修復や学生へのケア、今後同じようなことをなくすための具体的な策などを提案しています。
東京大学におけるハラスメントの現状
——東京大学におけるハラスメントの現状(対策も含む)について、認識をお聞かせください。
ハラスメントは有形無形です。目に見えるものだけでなく、無意識のバイアスによって環境や組織に組み込まれてしまっていて、間接的にハラスメントにつながっていることもあります。そうすると、その組織の人はハラスメントに全く気付かず、伝統という形で現在も全く認識されていないということもあると思います。ジェンダーの問題も大きな課題で、実際に女子学生を加入させないサークルがあることや、あらゆる場面における女性の冷遇などがあります。東京大学にはさまざまな人がいるにも関わらず、統一的な文化を持つ人しかいないとするような、お互いの立場や文化的背景に対する無配慮・無理解からくるハラスメントもあります。
このように問題は多岐にわたるため、一律に対策を立てるのは非常に難しいです。しかし、ハラスメントがあることを認識することがスタートだと思います。私たちは相談所で受ける相談からしか判断できないため、東京大学における全てのハラスメントを把握できるわけではありません。解決済みであってもハラスメントの体験談は伝えにくく、時間が経ったからこそ相談できる人もいるため、現場のハラスメントを把握することは難しいのですが、それでも、現状を把握していく取り組みが重要になると考えています。
——東大新聞の記事(*1)や「東京大学におけるダイバーシティに関する意識と実態調査」(*2)の調査結果を見ると、学内構成員からはハラスメント相談所に対する不満の声が多くあるようです。こうしたことを念頭に、信頼を得るために行っていることがあればお聞かせください。
*1 東大新聞オンライン「大澤氏解雇を受け考える 東大の差別・ハラスメント対応の現状とは」2020年6月8日〈https://www.todaishimbun.org/osawa20200608/〉
*2 東京大学、2020年度「東京大学におけるダイバーシティに関する意識と実態調査」報告書〈https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/actions/diversity-report-2020.html〉
切羽詰まった相談や気持ちに余裕のない中での相談も多いため、ご期待に添えないことやご不満をお持ちの方がいらっしゃるということは真摯に受け止めたいと考えています。深刻な被害があったり恨みの気持ちを持ったりしている方から、相談所にすぐにジャッジしてほしい、加害者を罰してほしいというようなご要望があるのですが、相談所はそのような権限を持っていないため、残念に思われてしまうことがあります。事実調査に時間がかかるため、迅速な対応ができない場合もあることも課題です。ご期待に添えるように、相談員がより丁寧にお話を伺ったりしっかりした選択肢を提案したりすること、ハラスメント自体も法律が変わると対応できる内容や認識が変わることがあるため、相談員が研修・講習を受けて知識や相談スキルをあげ、皆さんに満足のいく相談内容を提供すること、これらに取り組んでいきたいと考えています。
——ありがとうございました。
インタビュー日時:2023年5月18日
※本文中の用語・制度・法令・資格等はインタビュー時点のものです。